昭和48年「東京の公害」写真コンクール作品 多摩川 昭和45年、いわゆる公害国会で、水質汚濁防止法が制定され、昭和48年3月には、熊本水俣病裁判の原告勝訴が確定し、水環境に対する世論の関心が一挙に高まりました。しかし、身近な環境を見つめる、ひとびとの眼は、まだまだ十分に肥えてはいませんでした。京浜工事事務所の看板は、流域のひとびとの関心を高めようとして設置されました。東京の環境が今に至る背景には、このような地道な努力があるのです。